研究成果

アリにも自由貿易と鎖国がある? 目標15:陸の豊かさも守ろう

     琉球大学農学部の辻瑞樹教授(ペンネーム辻和希)とWin Aye T.博士の研究チームによる成果が国際的な学術雑誌「Biology Open」誌に掲載されました。

    <発表のポイント>
    • 成果:アリはコロニーと呼ばれる集団で生活します。多くの場合、ひとつのコロニーは子育ての場である巣を1つ持ち、周囲で餌を採集します。これを単巣性といいます。しかしアリにはひとつのコロニーが空間的に離れた複数の巣を持ち、広い範囲で餌を集める種もいます。これを多巣性とよびますが、アルゼンチンアリなどの侵略的な外来種にこの性質を示すものが多いです。この研究では単巣性アリと多巣性アリのあいだにある「自然の経済システム」の違いを探究しました。チューブで繋いだ2つの巣がある飼育容器にアリの1コロニーを住まわせました。そして、片方の巣にはタンパクを欠いた、もう片方の巣には炭水化物を欠いた人工飼料を約1ヶ月与えて飼育する実験をしました。多巣性のツヤオオズアリ(写真)では片方の巣で獲得した餌を別の巣に再分配することで栄養バランスを保ち個体数を維持しました。しかしチューブをクリップで塞ぐとほぼ完全に子育てに失敗しました。一方、単巣性のオオズアリはチューブが常時塞がれ、従って大きく偏った栄養しか得られない状況でも、個体数を維持しました。さらに驚いたことにタンパク欠乏下で2ヶ月もメンバーを再生産し続けたのです。これは女王による栄養備蓄と死んだ個体を食べるなどの資源リサイクルによるものと考えられました。

    • 新規性(何が新しいのか):アリに単巣性と多巣性があるのはなぜか。その要因はこれまで色々と議論されてきましたが、実験的な研究がほとんどないままでした。本研究は環境の異質性や変動に対するコロニーレベルの適応の違いである可能性を実験で明らかにました。

    • 社会的意義/将来の展望:アリにとって餌や快適な営巣場所などの利用可能な資源の量は、時間的にも空間的にも予測不能に変動することがあるでしょう。そのような環境の異質性に対し、広い活動圏と資源再分配(巣間貿易)で空間的に対処する戦略が多巣性であり、単巣性とは栄養備蓄とリサイクルで耐え忍ぶ時間的に対処する戦略であるのではという仮説を本研究は提示しました。限定された条件で2種のアリでしか比較していないので今後の追試が望まれますが、このような戦略の違いはアリだけでなく植物や、ひいては企業や国家経済にあるものと似ているのではとも考えられます。

    <発表概要>

    ①???? 研究の背景?先行研究における問題点

     コロニーあたりの巣の数の謎:アリは多数の個体が協力して生活する社会性昆虫で、アリの群れのことをコロニーと呼びます。種によって違いますが、アリのコロニーには子育ての場所である巣を1つだけ持つ単巣性と、空間的に離れた複数の巣を持ちそのあいだを個体が行き来する多巣性があります。多巣性はアルゼンチンアリなどの侵略的外来種にしばしば見られ、1つのコロニーが広い活動域や「縄張り」を持つことが特徴です。なぜ、単巣性と多巣性があるのでしょう? それには諸説がありますが、この研究では「生息環境に対するコロニーの適応戦略の違いでないか」との考えからアプローチしました。
     野生環境に棲むアリにとって、餌などの資源は時間的にも空間的にも予測不能に変動することがあるでしょう。多巣性のアリでは資源の空間的なばらつきを広い縄張りを作ることで解消しているのではないかという学説があります。アリの多くは雑食で、幼虫の成長に必須のタンパクは狩猟で得て、成虫の活動エネルギーである炭水化物は花蜜などを採集して得ているのが普通です。2つの栄養源は1つの巣の近くには同時に存在しないかもしれませんが、「支店」のような巣を多く作って広い地域を探索すれば、両方に遭遇できるかもしれません。別々の巣が集めた餌をあとでシェアすればいいのです。この仮説は、もとは株と株が根や茎で繋がったクローナル植物で提唱されたものですが1、今から二十五年前に多巣性のアルゼンチンアリでもあてはまる事実であることが実験で証明されています2。この実験では2つの巣をチューブで繋いたコロニーを用意し、片方の巣にタンパク源であるコオロギの肉を、他方の巣に蜜を与えると、アリは得た食料を巣間で再分配してコロニーは問題なく成長することが観察されました。しかし他のアリでの追試はなされておらず、また単巣性のアリは同じ問題にどう対処しているのかという疑問も残っていました。というのは、野外では多巣性のアリと単巣性のアリが同じ環境で見られることも稀ではないからです。そこで本研究では、アルゼンチンアリで行われたのと同様の実験を別のグループであるオオズアリ属の2種のアリを用いて行いました。ひとつは多巣性のツヤオオズアリで、アルゼンチンアリ同様に世界的な侵略的外来種とされ日本では南西諸島と小笠原に侵入定着しています。もうひとつの種は単巣性で在来種のオオズアリです。沖縄ではツヤオオズアリは海岸などの撹乱環境に棲み、オオズアリが棲むのは主に森林ですが、緑化された市街地の公園などでは両者が共に見られます。

    ②???? 研究内容(具体的な手法など詳細)

     2つの巣を1mのチューブで繋いだ実験設備を作り、はじめ両方の巣に同じ野生コロニーから集めた同数の働きアリ(ワーカー)を入れました。2種とも1つのコロニーに複数の女王がいる多女王性のアリなので、各巣には女王も1個体ずつ入れています。チューブは入り口を狭めて、働きアリだけが通過できて体の大きな女王は通過できないようにしました。次に液体状の人工飼料を用意しました。必須栄養を全てふくむ「バランス餌」以外に、タンパク分を除いた「タンパク欠如餌」と、糖分を除いた「炭水化物欠如餌」も作りました。そして毎日3時間、片方の巣にタンパク欠如餌を、もう片方に巣には炭水化物欠如餌を与えて飼育する実験を行いました(以後これを実験区といいます)。ただし給餌中はチューブをクリップで塞ぎました。働きアリが「遠出」して反対側の巣に与えた餌を直接採集しないようにするためです。給餌が終わったらクリップを外しました。ですので、餌を食べ終わったアリは翌日の給餌時間まで2巣を行き来できます。比較のためチューブを常時クリップでふさぎ2つの巣の間を行き来できなくした負の対照実験も行いました。さらに比較のため、両方の巣に「バランス餌」を与えた正の対照実験区も用意しました。こうして約1ヶ月間アリを飼育し、子供(幼虫と蛹)の生産数や働きアリの生存率を比較しました。
     多巣性のツヤオオズアリの実験結果は過去にアルゼンチンアリで行われたものと似ていました。実験区のアリたちは、子育て効率においても成虫の平均生存率でもバランス餌を与えた正の対象実験区と遜色ありませんでした。しかしチューブをクリップで塞ぐとほぼ完全に子育てに失敗しました。このことは2つの巣の間で栄養を交換(つまり巣間「貿易」)できたことが個体数維持に重要だったことを示唆します。実際、実験区において一旦獲得した餌を巣間で再分配したことは染色した餌で証明されました。

     一方、オオズアリを用いた実験結果は意外なものでした。辻教授らは当初、単巣性のオオズアリは実験的に「強制」された多巣状態をうまく利用できないのではと予想しました。この予測に反し、子供の生産数でも働きアリの生存率においても、実験区はバランス餌を与えたものと同程度の成績でした。これは一見オオズアリも「巣間貿易」をする潜在能力を持つことを示唆する結果に思えますが、実はそうではなさそうです。というのはなんと、栄養が偏った餌しか利用できない、チューブを常時クリップでふさぐ負の対照実験でも他の処理区と変わらぬ成績をこのアリは示したからです。辻教授らは、オオズアリは普段から体内に栄養を備蓄したり資源リサイクルしているのではないかと考えました。実際、ツヤオオズアリと違いオオズアリは巣仲間の死体をよく餌として消費しますし、兵アリが体内栄養貯蔵タンクになることも知られています。今回の実験では兵アリを用いなかったので、主として女王の体内に貯蔵されていた栄養が子育てに使われたのだと考えられます。追加の実験で、タンパク欠乏餌だけを与えて飼育し続けることもしましたが、少なくとも2ヶ月間はバランス餌を与えたのと同程度に幼虫が生産され続けました。

    ③???? 今後の予定など

     この研究は「もっと多くのアリ種で比較するように」と査読者から意見が出されました。まっとうな指摘ですが、それには多大な努力が必要なので、今後の課題として将来の研究者に託すことにしました。実はアリを使ったこのような実験では条件調整が大変で、この研究も始めてから発表まで15年以上かかっているのです。一般化するためには多くの検証が必要になりますが、辻教授らは多巣性アリは広い活動圏と「巣間貿易」により資源の変動を空間的に解決する開放経済戦略者であり、単巣性アリは餌の備蓄と資源リサイクルで「粗食に耐える」閉鎖経済戦略者だという仮説を立てています。また、この論文内では議論していませんが、研究内容は侵略的外来アリの多くがなぜ多巣性アリなのかという問題とも関連する可能性があります。アルゼンチンアリが侵入すると在来のアリの多くがいなくなるのは、たとえば多国籍企業や全国展開をする大企業が経営する大規模小売店が開業すると地域の小売店が倒産する状況と似ているのではないかとも思えます。そして、侵略的な外来アリは人間の貿易が活発になるほど世界に蔓延することも今日明らかにされているのです3。これらはすべてさらなる研究が必要な学際的問題でしょう。

    引用文献

    1. ?Shumway, S. W. (1995). Physiological integration among clonal ramets during invasion of disturbance patches in New England salt marsh. Ann. Bot. 76,225-233. doi:10.1006/anbo.1995.1091
    2. Holway, D. A. and Case, T. J. (2000). Mechanisms of dispersed central-place foraging in polydomous colonies of the Argentine ant. Anim. Behav. 59, 433-441. doi:10.1006/anbe.1999.1329.
    3. Bertelsmeier, C., Sebastien, O., Andrew, L.; et al. (2017) Recent human history governs global ant invasion dynamics. Nat. Ecol. Evol. 1, UNSP 0184.
    <論文情報>
    1. ?タイトル:Open and closed economies as possible alternative strategies to resource heterogeneity in ants(和訳)アリにおける対資源変動戦略としての解放経済と閉鎖経済の可能性。
    2. 雑誌名:Biology Open
    3. 著者:辻和希(瑞樹)1、2* ?Win, Thanda Aye1
      * Corresponding author
      1 琉球大学農学部
      2 鹿児島大学連合大学院連合農学研究科
    4. DOI番号:https://doi.org/10.1242/bio.061976
    5. 論文URL:https://journals.biologists.com/bio/article/14/5/bio061976/368112/